宮森日記

まだ日が出ているうちに

まばらな駐車場、雨の夜、照明

大学の駐車場が期末期間の途中くらいから空(す)いてくる。このくらいの時期の駐車場はどこか寂しい気配を宿していて好きだなあ。

そもそも駐車されていない駐車場が僕は結構好きだ。そこにあるはずのものがない感じーー「不在感」とでも言えようかーーが良い。本の無い本屋さんも、眼鏡のない眼鏡屋さんも――理論上は在り得るとしても――見かけることはまずない。けど、車のない駐車場だけは当たり前に身のまわりに存在する。

特に雨の夜、駐車場の地面が濡れて、照明を反射する感じとかは最高だよなあ。なんかわかんないけどめっちゃ好きだなあ、あの感じ。

 

だから僕は小雨が止まない或る夜、少し遠出をして隣町の高架橋の脇にある広い駐車場に行った。もちろん音楽はASIAN KUNG-FU GENERATIONのファンクラブ。

駐車場には巨大な影が横たわっていた。それはシロナガスクジラだった。恐る恐る近寄ると、彼にはまだ息があった。僕は彼を救うために、最も大事な記憶を与えた。子どもの頃の幸せな記憶だ。その記憶を失いたくはなかったが、他に仕様がなかった。

彼は僕の記憶をゆっくりとその大きな喉で飲み込むと、ぶおおという重くて低い鳴き声をあげ、身を震わせて濡れた地面に沈んでいった。黒い影が駐車場を悠々と泳いでいる。重低音が雨空に響く。

彼は地中で助走をつけると、一気に地面から飛び出しーー大量の水飛沫が飛び散って僕の全身にかかるーーそのまま天まで泳いで行った。彼には帰るべき場所があるようだった。僕は彼が雨夜の帷に消えて見えなくなるまで見上げていた。

まもなく、僕はクジラの記憶を失くす。いつのまに僕は駐車場のど真ん中に突っ立っていたのだろう。それもこんな雨の中。僕は車に戻ってエンジンをかける。しかし発進できない。僕の視界は滲んでいる。僕はなぜか涙を流していた。

みんなそのクジラの姿と、最も大切な記憶を忘れて生きている。

けどいつかは必ずそのクジラと再会する。

その日までは忘れたままだ。